語るぬりかべ

語るぬりかべ

ぬりかべ体躯のアラサーが、美容と日々の暮らしに奮闘しつつ楽しみを見出す記録。

お直し職人のおじいさんから聞いた、悲しいけれど優しいお話

よくお世話になっている、服のお直しのお店があります。七十を越えているであろう、小柄で話し好きな人の良いおじいさんが1人でやっているお店。一目見て「ああ、ここはきっといいお店だ」と直感しお直しの要る服を持ち込むと、本当に綺麗に、そして相場よりも随分お安く仕上げて頂きました。それから何かある度にそのお店にお願いしています。

 

お直しが終わった服を受け取りにお店へ伺った日のことです。入ってすぐに、壁際に掛けてあるコートが目に飛び込んできました。いかにも上質な焦げ茶のツイードコート。たっぷりとした丈と身幅で、落ち着きのある風格を湛えています。1着の服が放つ温かみと知性。あまりに感銘を受けたので、思わず自分からおじいさんに「これ、すごく素敵なコートですね」と声をかけました。

 

すると、おじいさんはこう言いました。

「これはね、見てわかるように紳士物なんだけれど、奥様が着られるようにするんです。旦那様はかなり背の高い人だったでしょうね、奥様もあなた位あるけれど流石に直さないと着られないから。肩幅はかなり詰めないと。旦那様は亡くなったそうです。だから、その代わりに奥様が。横浜からいらっしゃって。」

 

今はもう話すことも会うこともできない、かけがえのない時間を一緒に過ごしてきた人。その人の存在を身近に感じ、共に日々を過ごし、温もりを味わえるように。どれだけの思いが込められているのかと考えると、もう何も言えなくなりました。

 

一つの物が意味と価値を持つ。それは物だけでなく、その物を選び取り使い続けてきた人によって作り出されるものだと思います。今持っているもの、これから待つもの、ひとつひとつにしっかり向き合っていきたいと改めて感じました。