語るぬりかべ

語るぬりかべ

ぬりかべ体躯のアラサーが、美容と日々の暮らしに奮闘しつつ楽しみを見出す記録。

杉本彩さんのインタビューは、何度「わかる…」と思ったことだろうか

今回はYouTubeで見た動画について。本記事は視聴せずとも読める内容にはしてありますが、内容の全てを書いた訳ではないですし、折角なので…人によって刺さる箇所は違うと思うし。


【見ないと損!!】杉本彩さん流・色気の出し方♡

インタビュアーの佐々木あさひさんという方は最近知ったのですが、まあ〜綺麗なお方ですね。肌も!眉も!お顔の全てが整っている…お美しい…最近あさひさんの動画を片っ端から見ています。見るといっても、化粧や用事をしながらの所謂ながらですが。

杉本彩さんのお話を聞いていると、自分と重なるところがあり過ぎて。当然のことながらあの美貌や色気がリンクしている訳では全くもって無くて、天と地をひっくり返しても、けし粒と銀河系位に違うんですけど、なんていうかなあ、根本的な考え方とか、感じていることとか、そういうものにすごく共感できたんですよね。なので、ついつい自分語りと言われるような物が入ってしまって鬱陶しく感じられたりするかもしれないなあと思うのですが、「こういう人間もいるのね」的に捉えて頂ければ幸いです。

 

 

イムリミット

Q.ストイックに打ち込む姿勢のモチベーションを保つ秘訣は?

A.いつもモチベーションが高い訳ではない。「何にもしたくない」「私ダメだな」「全然やる気湧いてこない」って時が多々ある。ただ、物事には必ずタイムリミットがある。私はそのタイムリミットに急かされてやっているだけ。

個人的にお美しい方というか、美容関係の意識が高い方々、もしくは大化けする人に関する共通点って「焦燥感」だと思っています。言い換えれば「まずい!」みたいな。多分それがガソリンになっていて、とんでもないペースで何かに打ち込み始める。自分はだらけまくり人間だと自認・自称しているのですが、周囲からは「どんだけストイックなんだ」「もっとだらけていいんだよ」と言われるんですよ。そんな!既にこれだけ堕落しているのに、これ以上手を抜くなんて、私に溶けて水になれと仰るの?

あとは、「やばい」「なんとかせねば」という危機感も原動力になりますね。そういうある種ネガティブな感情から行動を起こすことも割と多くて、例えばパーソナルトレーニングも「この肩凝りと腰痛を治さねば破滅」と感じたから始めたんですよ。でも、同じジムに通う知人は「だって綺麗になりたいじゃん!」ですからね。それ聞いて愕然としましたよ。こんなにモチベーションの原点が違うんだと思って。

 

完璧主義

着地地点を出来るだけ完璧にしたい。どっちかっていうと完璧主義的なところがある。

これもよく言われる。完璧にしたいというか、納得できる線まで物事を仕上げたい。特に仕事において。まあいいか、こんなもんか、というのができなくて、どんなにやっても完璧にならないのは百も承知なんですけど、それでも「これ以上はできん!わからん!」と思うまで突き詰めたいと思ってしまう。後悔するのが嫌なんですよね…もうちょっとできたとか、ある種の罪悪感に襲われるので。全力投球が常になっているというか、合格ライン=全力投球というか。まあやり込んだからと言って必ずしも結果につながるわけではないので…自戒…

 

頑張る・集中する

Q.集中する時に気を付けていること

A.のめり込むと自分の健康を犠牲にしがち。(ex.麻酔を打ちながらダンス)素晴らしいことだと思われがちだが、程々にしておかないと。健康を犠牲にしてまで頑張らない。今はいい塩梅を心がけている。自分の長所と短所が背中合わせ。頑張るのは長所であり短所。

これ聞いて思い出したんですけど、私、学生の時に骨折したまま試合に出てました。試合直前の練習で足首をひねって、でもまあこれ位の痛みなら大丈夫、と思ってフルで出て、試合が終わった瞬間へたり込んで歩けなくなって、その足で病院行ったら折れてた。あと、大学受験の時には親に「もう勉強するな」と言われるほど机に噛り付いてガリガリやってて、激痩せ&凄まじく体調不良になってました。でも、まだやれると思っていた。私の努力は足らん、と。こういう性格だからこそ良い結果が残せることも多いようには感じていますが、それより何より失うものが余りにも多すぎる。最近は本っっっ当にこういうの良くないなーと思って、健康第一をモットーに生活しています。まあんなこと言いながらも休職したんですけどね。さもありなん。

 

正義感の強さ

自分の大切な人がひどいことを言われたりすると、その人の代わりに喧嘩していた。年を取ると「まあいっか、これくらい」と寛容になった。

自分が受けた何かに対してって怒れないんですよ。怒るのってある意味瞬発力が必要だと思っていて、私にその瞬発力はない。どちらかと言うと、ドカーーーンと攻撃をまともに受けてしまって、致命傷になります。でも、身の回りの人に対する悪意については、もう許せない!となる。これもねー、危ういなと思ってはいます。彩さんと違って表立ってどうこうするというのはないですが、ある種義憤に駆られているようなものなのではないか、と。全てが悪ではないにせよ、気を付けなきゃいけない感情だと感じます。ただ、自分の受けた何かに怒れない分、他人が怒ってくれるとすごく安心したり嬉しかったりするんですよね。だから、代わりに怒るというのも意味がないことではないとも思います。

 

色気とは

感性が重要、ビジュアルではない。生き様、生き方、価値観トータル。その人が秘めている「毒」や「傷」と凄くリンクする。小手先で作って伝えられるものではない

ひい!超わかる!山田詠美が(うろ覚えですけど)「傷付かないと色気は出ない」と言っていたのとおんなじですね。屈折した感情とか避けられなかった何かとか、表に出さずにぐっと飲み込んだものがあって、そしてそれを時間をかけてゆっくり消化した人にこそ持てる深みというものがあると思うんです。それはその人が生きていく上での糧となったり、時には消化しきれなくて誰かと分かち合うことでしか収まりがつかなかったり、色々な形で滲み出てくる。そういうのが色気と呼ばれるものなんだろうなあ、と。例えば私は継がれた器がとっても好きで。一般的には全きものこそ価値が高いと思うのですが、継がれた器は、そこに割れや欠けがあるからこそ新たなる価値が、表情が、生まれるというのがとってもいい。漆のような毒に近い物を上手に使い、傷を生かし、生まれ変わった姿に色気が宿る。そんなことを考えました。

 

色気を出すには

しなやかさ。

→これも必要不可欠だなと思っていた要素。有名人で言えばSHIHOさん、松島花さんはヨガやピラティスをなさっていますが、彼女達の動画ってご覧になったことありますか?生物として優秀であるとはこういうことだな…と毎回感じる。ヘルシーです、ヘルシーなのに、恐ろしいほど色っぽい。それは健康であり変化に適応できること、すなわち一般的に考えられる生殖能力の高さと結びつけられているのかもしれませんが、とにもかくにも溢れ出る色気があると感じます。折角なので動画を貼ろう。

 

生き方のポリシー

Q人生を歩むに当たって決めていること

A決して楽な道を選ばない。これが人生の全て。人生は全部チョイス、その中で荊棘の道を行く。やっぱり大きな感動とか、自分が求める結果は(荊棘の道を選ばないと)ついてこない。辛い方をあえて選ぶ。

これってわかって貰いづらい主張かなと思うんですけど、なんていうかなあ…杉本さんは結果について述べていらっしゃいますが、荊棘の道を歩く過程、すなわち困難多くチャレンジの連続である過程は、より自分が成長できたという実感が得られるんですよね。実際に成長したかどうかはまた別で、客観的に見たら骨折り損のくたびれ儲けでしかないのかもしれませんし、もっと意地悪な見方をすれば頑張っている自分に酔っているとも言えるのかも。でも、その道を歩んだ本人にとってはかけがえのない時間や学びというか。振り返ってみればもっと楽な道もあったなとか感じることもあるんですけど、じゃあその時に戻れるとして自分が別の道を歩むかと尋ねられても、そうじゃない。やっぱりそれは、過程そのものに意義を見出せるからこそだと思うんです。とはいえ、他者にそれを強要するのは良くないので…私は暗に何かを言おうとしていますね…

 

動物の保護活動

Q.アダプトしたペットについて

A.心と体に何かしらの傷を抱えていることは事実。最初はちょっとやっぱり大変な部分もあるけれど、時間と愛情をかけてゆっくりと見守っていけば、そんな辛い過去があったなんて微塵も感じさせないくらい本来の魅力を取り戻して幸せになってくれる。大人になってからのワンちゃん猫ちゃんでも、全く問題なく信頼関係を築ける。

私、杉本彩さんのことって全然知らなくて、保護猫・保護犬を引き取っているということもこのインタビューで初めて知りました。なので、こういった言葉の端々から感じられる包容力とか温かみって本当に新鮮で、でもそれでいてすとんと落ちる自然さがありました。人でも動物でも、何かが癒えていく過程ってすごくすごく勇気付けられるものですよね。ああ、こうして立ち直っていくんだ、と思う。またやり直せるんだ、と思う。スタートはなんとかして元気になってほしい、笑顔になってほしい、という願いだけですが、気付けば相手から受け取るものの方が遥かに大きくなっているというか。

動物を飼うなら子どものうちが良いとよく言われていて、ペットショップでも大きくなると値段が下がる、なんて現象があるじゃないですか。そりゃなんでも子どもはかわいいし、生まれてからさよならするまで丸々一緒に過ごすというのも素敵だなと思う。でもなんでも出会いのタイミングってあって、人間でもそうじゃないですか。ああ、今だからこの人の良さがわかるな、みたいな。そういうご縁を、「仔犬が良い」「子猫が良い」という理由で切ってしまうのは勿体無いような気もします。それこそ出会いだから、ペットショップで出会った子猫と相思相愛!一生守り抜きます!なんてこともあるとは思いますが。私も以前、自分と同じ誕生日のふわんふわんの子猫に出会ってしまってしばらくケージの前に居座りました。あの子は今頃どうしているだろうか。幸せだといいなー。

 

他にも色気を出す具体的な方法や所作についてお話ししていらっしゃる部分もありましたが、そちらは割愛。そういったハウツーって、多分入手しようと思えば比較的イージーに得られると思うんです。色々な人が色々なやり方を薦めているはず。だけど、マインドの部分ってなかなか表に出てこないから。専門職同士が何かについて語る時、アプローチや表現の手法はそれぞれ違って当然だと思うんですよね。それよりも、その根底にある見方や考え方が一致しているかどうかが大切じゃないかなと。料理の方法は人それぞれで、だけど素材についての理解がかけ離れていたらコースとして成立しない、みたいな。言ってること伝わる?まるで自信がないですが。

 

杉本彩さんのことばかり書き連ねてしまいましたが、佐々木あさひさんの表情の豊かさよ〜!身振り手振りも含め、「まんま出す」感はとっても好感が持てるし、すごーくチャーミングでした。時には幼さすら感じさせる振る舞いが、嫌味でない。これってそれこそ小手先ではできないことで、あさひさんのフレッシュさ、柔軟性、感受性の豊かさ、相手に受け入れられている感覚、があってこそなんだろうなあ。

うーん、長文を一気に書き上げてしまった!やはり題材に力があると筆が進みますね。これからは杉本彩さん関連で少し調べてみようと思いまーす。それでは!